大判例

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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和24年(控)834号 判決

被告人

辰巳昌雄

外三名

主文

原判決を破棄する。

被告人四名に対する本件を何れも金沢地方裁判所小松支部え差戻す。

理由

弁護人神保泰一控訴趣意第一、二点及び弁護人中沢直吉控訴趣意について。

仍て論旨を参酌し職権を以て原判決を調査するに原判決は被告人北出政雄に対し判示第一(一)、(イ)、(ロ)の贈賄、被告人辰巳昌雄に対し第一(二)、(イ)、(ロ)、及び第二、(二)の收賄、被告人小森初子に対し、第二、(一)の贈賄の各事実を認定し其の証拠として弁護人神保泰一控訴趣意第一点に摘録のように合計十九の証拠標目を羅列して証拠説明としたのであるが有罪の言渡をするには罪となるべき事実証拠の標目及び法令の適用を示さねばならないことは刑事訴訟法第三百三十五条第一項の示すところであつて同条項に所謂証拠の標目とは罪となるべき事実に照応し之に依り犯罪事実を証明するに足る証拠資料の標目を指称するものであることは言を俟たないところであるから右法条は有罪判決に掲ぐべき証拠の標目は如何なる証拠が何れの犯罪事実の証明に供せられたかを明確に表示し其の標目の証拠の内容等を検討することに依り犯罪事実を認定するに足る程度に之を挙示すべきことを要求する趣意と解さねばならない。因より数個の犯罪事実の証拠として数多の標目を羅列表示した場合に於ても其の犯罪事実と証拠標目を対照し個々の犯罪事実の認定資料に供せられた証拠を夫々判別明記し得る場合は必ずしも右法条の趣旨に反するものではないが数人の被告人につき各別に数個の犯罪事実を認定する証拠として多数の証拠標目を漫然羅列し之を犯罪事実と彼此対照し検討するも何れの被告人の如何なる犯罪事実を何れの証拠に基き認定したかを捕捉し難いような場合に於ては其の証拠説明は右法条の要求する罪となるべき事実に対する証拠の標目を示すべき旨の律意に反するものと謂わねばならない。

即ち原判決は前示のように三名の被告人に対する数個の有罪事実を認定し之が総ての証拠として前掲十九個の証拠標目を羅列してあり其の証拠を判示事実と対照するも各認定事実に対する該当引用証拠を判別し難く結局羅列された標目の証拠の各個につき其の内容を調査し某々の証拠は某々事実に対する引用証拠なるべしとの想像を為し得るに止まり原判決の説示によつては判事各事実に対する各該当証拠を確認し難い、斯る証拠の示し方は前示刑事訴訟法の条項に違反するものと謂うべきであるのみならず他面本件原審審理の経過に徴すれば被告人小森初子に対する被告事件及び被告人辰巳昌雄に対する原判示第二、(二)の收賄被告事件は昭和二十四年七月一日、同月七日、同月十五日の公判に於て証拠調其の他の審理が行われ昭和二十四年七月二十六日の被告人辰巳昌雄(原判示第一、(二)、(イ)(ロ))北出政雄、池田仁三郞に対する第四囘公判期日に於て始めて之を併合し同日結審されたものであつて前者の公判廷に於て取調べられた証拠と後者の公判期日に取調べられた証拠とは相互に直ちに之が援用を許さないものがあることは証拠調手続の諸法則に依り明かであるから原判決が該両者の証拠を一様に羅列した結果相互に採証法則上之が採用を許されない証拠を有罪認定の証拠として挙示援用した誤りを免れない。

以上説示の原判決の法令の違反は判決に影響を及ぼすべきこと勿論であるから原判決中被告人北出政雄、辰巳昌雄に対する有罪部分及び被告人小森初子に対する部分はは此の点に於て破棄すべきものと思料する。

(弁護人神保泰一の控訴趣意第一点)

原判決は其の理由に不備又はくいちがいのある違法の判決である。

一、原判決は其の事実摘示の部分に冒頭事実として被告人北出並に原審相被告人辰巳昌雄、池田仁三郞及び小森初子の職歴、職務権限又は営業に関する事実を掲げ次で第一事実として被告人北出の前記相被告人長巳に対する贈賄の事実(右第一の(一)の(イ)及び(ロ)の事実)並に右辰巳のこれに対応する收賄の事実(右第一の(二)の(イ)及び(ロ)の事実)を摘示し最後に第二事実として前記相被告人小森の右辰巳に対する贈賄の事実(右第二の(一)の事実)並に同人のこれに対応する收賄の事実(右第二の(二)の事実)を摘示しこれが証拠として合計十九個の所謂証拠の標目即ち

(一)  証人武部常良の当公廷に於ける供述

(二)  証人岡武次の当公廷に於ける供述

(三)  証人高辻節子の当公廷に於ける供述

(四)  証人野田博の当公廷に於ける供述

(五)  証人申方美代の当公廷に於ける供述

(六)  証人森下彦一の当公廷に於ける供述

(七)  証人馬野嗣久の当公廷に於ける供述

(八)  証人高田実の当公廷に於ける供述

(九)  証人浜梶静の当公廷に於ける供述

(一〇)  押收の証第一号遊興飮食料金領收書一册中の記載

(一一)  小松税務署長提出被告人両名に対する履歴書中の記載

(一二)  野口庄吾に対する検察官作成第一囘供述調書中の記載

(一三)  武部常良に対する司法警察員作成第三囘供述調書

(一四)  安井与一に対する司法警察員作成第一囘供述調書中の記載

(一五)  小松市警察署勤務巡査部長太田正巳作成搜査報告書中の記載

(一六)  被告人辰巳昌雄、同北出政雄、同小森初子の当公廷に於ける各供述

(一七)  被告人辰巳昌雄に対する検察官作成第一、二囘供述調書中の記載

(一八)  被告人北出政雄に対する検察官作成第一、二囘供述調書中の記載

(一九)  被告人小森初子に対する検察官作成第一、二囘供述調書中の記載を羅列しこれを綜合して前記摘示事実を一体として認める方法を採つている、而して有罪判決の理由として証拠説明が要求されるのは「事実の認定は証拠による」との近代刑事訴訟の基本原理の下に於て被告人の有罪とこれに対する刑罰とを宣言する重要な判決に罪となるべき事実を証拠によつて認定した合理的根拠を明かならしめんとするものであり現行刑事訴訟法第三三五条が判決理由に事実並に法令の適用の外尚「証拠の標目」をも示さなければならないものとしているのも判決に於ける事実認定の合理的根拠の最少限の保証を確保せんとする趣旨であると解すべきである。従つて有罪判決に於ける証拠説明として証拠の標目のみを羅列する方法を採つた場合に於ては右標目の各個に付て、それが判文上如何なる事実に関係するものか証拠と事実との間に於ける具体的結び付きが明瞭でないときは事実認定の合理的根拠が判然しない違法の判決と言わなければならない、然るに原判決摘示の前掲第一の(一)の各事実と第二の(一)の事実とは犯罪の主体である被告人を異にするのみならず其の客体である事実に付ても法律上は勿論実際的にも何等の関聯がなく全く別個の事実であるところ、これが証拠説明に当り右事実を分別することなく、これを一体とし其の証拠として前述の如く多数の「証拠の標目」を漫然羅列しているに過ぎない而も「証拠の標目」を一件記録と対比して見るときは其の中前記(六)乃至(九)及び(一九)の証拠の如きは前掲被告人北出に関する第一の(一)の各事実には何等関係のないものである。(同時にまた前記(一)乃至(五)、(一〇)、(一二)乃至(一四)及び(一八)の証拠は前掲被告人小森に関する第二の(一)の事実とは無関係なものである)更に右羅列の「証拠の標目」に付て其の内容の一片も示されていない為判文上如何なる「証拠の標目」が如何なる事実に関して採用されているものか全く不明であり原判決は何によつて右第一の(一)並に第二の(一)の各事実を認定したものか判然しない結局原判決は事実と証拠との間の具体的結び付きを明かに示さす其の為この両者間に紛淆を来たしている理由不備の判決であると信ずる。

二、次に原判決引用の前記(一六)の「証拠の標目」中「被告人辰巳昌雄、同北出政雄の当公廷に於ける供述」は前記冒頭事実の各関係部分と前記第一の(一)及び(二)の各事実に関係するものであるところ同被告人等は右第一の(一)及び(二)の事実に付ては原審公判廷に於ては終始右第一の(一)の(イ)及び(二)の(イ)の饗応による贈收賄の外形的事実のみを認め其の賄賂性の趣旨を否認し且つ第一の(一)の(ロ)並にこれに対応する(二)の(ロ)の金壱万円の贈收賄の事実に付ては絶対に斯る事なしとして否認しているものであるから右両被告人の所謂「当公廷に於ける供述」は原判決摘示の第一の(一)及び(二)の各事実と矛盾する供述である。然るに原判決は右「当公廷に於ける供述」の内容を取捨選択し証拠とすべき部分を特定することなく漫然摘示事実と矛盾撞着する供述部分を含め其の全部を証拠説明に引用したのは仮令他の証拠との綜合認定の方法を採つたとしても理由にくいちがいのある違法は判決として破毀を免れ得ないものと信ずる。

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